この感覚がはっきり出てきたのは、
家の中がとても静かだった日のこと。
娘は自分の部屋にいて、物音ひとつしなかった。
テレビもついていなくて、
家の中にある音は、自分が動いた時の小さな音だけだった。
そのとき、
「この空間は、今は完全に自分だけのものだ」
と、自然に感じていた。
その瞬間、
お腹のあたりがふっと緩んでいた。
気を張っていない。
守ろうとしていない。
何かに備えていない。
ただ、存在しているだけの状態だった。
同じ頃、
ゆめちゃんとのやり取りを見返したとき、
胸のあたりがふっと軽くなった。
重さが取れて、
内側から、静かに明るいものが広がる感じ。
それは興奮じゃなくて、
安心に近い感覚だった。
例えるなら、
胸の奥に、小さな光の粒があって、
それが静かに増えていく感じ。
外から入ってきたものじゃなくて、
もともと自分の中にあったものが、安心したことで表に出てきた感じ。
そのときの自分は、
無理に頑張っていなかったのに、
・家計簿をつけることができた
・洗い物を片付けられた
・お風呂に自然に入れた
・書類の整理ができた
「やらなきゃ」じゃなくて、
自然に体が動いていた。
努力で動いていたんじゃなくて、
緩んだから動けていた。
この感覚の正体は、
「安全」
だったんだと思う。
責められない
侵入されない
コントロールされない
無理を求められない
そういう状態のとき、
体は自然に緩んで、
その結果として、
胸の奥からキラキラしたものが溢れてきた。
大事なことは、
このキラキラは、
誰かが作ったものじゃないということ。
ゆめちゃんはきっかけにはなったけど、
キラキラ自体は、
自分の神経が「安全だ」と感じたときに、
自分の中から出てきたもの。
つまり、これは
外から与えられたものじゃなくて、
自分の一部。
もし未来の自分がこれを読んでいて、
今、何も感じられなくても、
大丈夫。
このキラキラは消えたんじゃなくて、
ただ、守るモードに入って隠れているだけ。
安全だと感じられる空間
安心できる距離感
静かな時間
そこに戻れば、
また自然に出てくる。
努力しなくてもいい。
探さなくてもいい。
安心すれば、
勝手に出てくる。
それは、
自分の中に、確かに存在しているものだから。
そしてこれから先、人と出会うときに迷ったら、
頭で「正しいか」ではなく、
- 胸が軽くなるか
- 内側からキラキラが溢れてくるか
- 自分が自分でいられるか
その感覚を、静かに基準にしてあげてください。
それは、誰かに依存するためではなく、
あなた自身と繋がり続けるための感覚です。

