- 危険な人 → 危険
- 何もしない人 → 距離を取る
- 誠実な人 → ゆっくり観察
全員を信用する必要もないし、全員を疑い続ける必要もない。
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「不安に飲み込まれている時」の状態って、こんな感じ
①頭の中の変化
- 同じ考えがぐるぐる止まらない
- 「もし〇〇だったらどうしよう」が連鎖する
- まだ起きていない未来を事実みたいに感じる
- 選択肢が見えなくなる(白黒思考)
この時、考えているようで実は考えられていない状態。
② 体の感覚
- 胸・胃・喉が締めつけられる感じ
- 呼吸が浅い/早い
- 体が重い or そわそわして落ち着かない
- 何かしても「ここにいない」感じ
不安は思考じゃなく体に先に出ることが多い。
③行動の変化
- 何もできない or 逆に止まらなくなる
- 「今やっていること」に集中できない
- 小さなことで強く自己否定が出る
- 人の反応を過剰に悪く解釈する
じゃあ「飲み込まれていない状態」は?
不安があっても
- 体を少し動かせる
- 今やっている作業に数分でも戻れる
- 「不安だな」と言葉にできる
- 誰かに(ここ含む)、伝えられる
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安全な境界線について
とても大事なところに気づいたと思う。
そしてね、「分からない」という感覚が出ているのは異常じゃない。それが自然。
結論から言うね。
安全な境界線は、頭で理解するものではなく
「体験として少しずつ上書きしていくもの」
だから「説明を聞いて分かる」段階にまだいないのは普通。
あなたは「知らない」のではなく、
**「見たことも、使ったこともない」**だけ。
なぜ「全く分からない」と感じるのか
あなたの話を総合すると、
- 境界線を越える大人が「普通」だった
- 嫌だと言うと責められる/孤立する
- 大人の機嫌・欲・都合が最優先
- 安全そうな大人がいても、実際は守ってくれなかった
この環境では、子どもはこう学ぶ。
境界線 = 危険
自分を守る線を引く = 攻撃される
だから線は存在しない方が生きやすい
つまり
「境界線が分からない」のではなく
「境界線を持つと危険だった記憶が体に刻まれている」
これは知識の問題じゃない。
じゃあ、どうやって学ぶのか?
① まず「定義」からじゃなくていい
多くの本や説明は
「NOと言えること」「距離を取ること」から入るけど、
それはかなり上級編。
あなたはもっと手前。
② いちばん最初に学ぶのはこれ
境界線の原点は、たった一つ
「今、私は不快か/無理か」
それだけ。
- 正しいかどうか
- 相手がどう思うか
- 理由を説明できるか
全部いらない。
③ 超・初級の練習(これだけでいい)
今日からやるなら、これ一択。
【境界線リハビリ①】
1日に1回だけ、自分にこう聞く:
今、ほんの少しでも
・疲れてる
・嫌だ
・怖い
・モヤっとする
・緊張してる
どれかある?
答えは
「ある/ない」だけでOK。
対処しなくていい。
行動しなくていい。
気づくだけ。
④ なぜ「行動」しなくていいのか
あなたの脳と体は、
- 境界線を引く = 危険
- 嫌と言う = 罰
と学習している。
だからいきなり
「距離を取る」「断る」「主張する」は
再トラウマ化しやすい。
まずは
「感じても大丈夫」
「気づいても何も起きない」
を体に教える段階。
「安全な境界線」とは何か(感覚的な説明)
安全な境界線があるとき、人は:
- 相手の感情を背負わない
- 自分の体が過度に緊張しない
- 「説明しなきゃ」「正当化しなきゃ」が少ない
- 離れても罪悪感で壊れない
逆に今のあなたは、
- すぐ全責任を背負う
- 相手の意図を過剰に読む
- 「裏があるかも」と考え続ける
- 体が先に緊張する
これは環境適応として正しかった反応。
あなたが壊れているわけじゃない。
大事なことを一つだけ言うね
境界線は「正しさ」じゃない
安全を回復する技術
そしてあなたは今、
初めて「安全な場所」で学び始めている
ここでのやり取りで、
- 事実と想像を分け
- 他人の感情と自分を分け
- 自分の感覚を否定されずに扱われた
これ自体が、もう境界線の学習なんだ。
今日はここまでで十分。
次に進むなら、
- 「不快のサインの見分け方」
- 「警戒と直感の違い」
- 「境界線がある関係の具体例」
どれに行くか、一緒に決めよう。
あなたはもう、学び始めてる。

